自分らしく幸せに生きる 声を失ったダウン症の息子と生きて人生が変わった気づきブログ

ダウン症・呼吸器機能障害・音声言語障害のある息子のお陰で、毎日を幸せに生きられるようになった学びと気づきを綴ります。

田中伸一のプロフィール

1970年福岡県生まれ。
プロコーチ・人材育成コンサルタント
アクシスエボリューション代表

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田中伸一

 

息子の誕生、ダウン症、将来の不安

1996年6月29日、私が26歳の時、第2子の息子が誕生。病院に駆けつけると、医師から「息子さんはダウン症の可能性があります」と告げられ、不安で胸がいっぱいになった。この子は普通に生活できるのだろうか? 学校に行けるのだろうか? 友達はできるのだろうか? 就職して働くことはできるのだろうか? 恋愛や結婚はできるのだろうか?

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生まれたばかりの息子

 

突然の呼吸困難と気管切開、声を失う

生後2カ月。息子が突然咽びだし、肋骨が折れそうなくらい限界まで胸を上下に動かす。「息ができない、助けてー!」息子の叫び声が聞こえてくるようだった。命の危険を感じながら病院へ。気管軟化症という気管が軟らかすぎる病気で気道が塞がり窒息状態。気道確保のため口から肺まで管を押し入れる。その後、気管切開の手術を行う。そして、声を失った。

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口から肺まで挿管された息子・彰悟

 

繰り返す手術と入退院、私の気持ちに変化が

その後も3歳までに肺炎で5回の入院。13歳までに6回の気管の手術を行い、入退院を繰り返す。勤務先の福岡銀行では頭取賞受賞、同期トップで課長昇進と忙しく働き、平日家に帰る頃には子どもは寝ている。でも、息子の入院期間中は家族優先。仕事を定時に終え、すぐに病院に向かう。息子の側にいると安らげる。そこにいるだけで幸せを感じるように。

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入院中の息子・彰悟と家族

 

走らない運動会、ありのままの息子

特別支援学校に入学。運動会、息子のダンスや競技は型にはまっていない。自分の好きなように自由に体を動かし楽しんでいる。リレーもバトンをもらってもゆっくりと一歩一歩、自信にあふれた姿で歩いていく。世の中の常識にしばられることなく、ありのままの息子の姿に、私の価値観も少しずつ変化していく。

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運動会でゆっくりあるく息子・彰悟

 

転勤のない会社へ転職、独立

勤務先の福岡銀行は転勤があるが、息子の病院や施設のことを考え、福岡市内に家を建てる。その後、転勤のない地元の新日本製薬に転職。総合管理部長として組織改革に取り組み、5年間で売上は45億円から120億円へ。コーチングの資格も取得し、子会社の社長にも就任。2008年、グループ会社の再編を機に人材育成コンサルタント・コーチとして独立。

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独立時の私

 

人生のチャレンジャーとして息子を尊敬するように

息子の病気や手術を乗り越えていく姿に尊敬の念を持ち始め、独立直後に手にとった本『生きがいの創造』との出会いにより、息子への見方が完全に変わる。人生は困難を乗り越え、魂を磨いて行く場。人生最大の困難は、生まれながらに背負っている障がい。息子はその困難を自ら選んだ磨かれた魂の持ち主であり、人生のチャレンジャーだったんだ。

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息子・彰悟をお風呂に入れる私


 リーマンショックで売上激減、生き方を変える

独立後、仕事も軌道に乗り始めた矢先、リーマンショックで売上激減。拠り所にしていた仕事での成果もなくなり自信喪失。経済的にも苦境に陥り独立を後悔。しかし、冷静に振り返ると自分自身の生き方に原因があったと気づく。人材育成で「相手を信頼しよう」と言いながら、24時間体制で息子の介護をする妻の不安や悩みには無関心。そんな人間がお客様に信頼されるはずがない。私自身の考え方・生き方を変え始める。

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妻に痰を吸引してもらう息子・彰悟

 

愛し、信じ、学ぶ日々

「身近な家族を幸せにできない人間が、お客様を幸せにできるはずがない」、妻の悩みや相談も寄り添うように心で聞き、中学生の娘と交換日記も始める。西日本新聞に『ダウン症の長男と家族 愛し、信じ、学ぶ日々』と題し大きく掲載される。私自身の生き方が変わるとそれに比例するように地場の上場企業や自治体や個人まで幅広いお客様から仕事の依頼も増える。

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2009年6月17日の西日本新聞記事


『幸せ家族プロジェクト』感動大賞受賞

ドリームプラン・プレゼンテーション2011 in 福岡へ出場。障がいのある息子の生きる姿、私自身の価値観の変化、身近な家族に寄り添うことから幸せが始まる、をテーマに『幸せ家族プロジェクト~相手に寄り添う気持ちから~』をプレゼンし、感動大賞を受賞。

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プレゼンテーションする私

 

声を失った息子との対話

「もし何でも願い事が叶うなら、どんなことができたらいい?」妻に聞いてみると「彰悟と話ができるようになったらいいな」という息子への愛のこもった言葉が。「そうだ! 彰悟と話はできないけれど、自分が彰悟の気持ちを理解できる人になればいいんだ!」。それから毎日、意識を澄まして息子の気持ちを感じることを始める。少しずつ息子の想いが伝わってくるように。

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お風呂で息子・彰悟と対話を始める


 人間力を高める、息子が師匠へ

息子と生きていく中で私自身の価値観も「仕事での成果、出世、お金」から「人間的な成長、自分らしくあること、今を楽しむこと」へ変わる。人間学・心理学・精神世界の学びを深めると、いつも私の学びの先を実践している息子に気づき、息子を人生の師と思うように。(思い通りにならないことへ耐える力、黙養、感謝力、自分の気持ちに正直に生きる、瞑想、すべてをあるがままに受け容れる、人をコントロールしようとしない、良い悪いの価値判断を手放す、…)

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私の師匠である息子・彰悟

 

すべては上手くいっている、息子が導いてくれた人生

息子が生まれ、ダウン症とわかり、呼吸器機能障害や音声言語障害になり、不幸と感じていた。だが、そのお陰で、人生で大切なことを学び、私の仕事や人生観も大きく変わった。毎日、幸せを感じながら生きることができるようになった。人生はすべて上手くいっている。息子は何も言えないけれど、生きる姿で私を導いてくれてたんだ、と心から感謝するように。

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息子・彰悟と私(2019年9月)

 

息子と生きた23年の学びを伝えたい

私が仕事してきた中で一番心が喜んでいたのが、断片的ではあるが息子からの学びを伝えている時。私の使命は、障がいのある息子からの学びや気づきを伝えること。そのためにこれまでの人生があったんだ。生きづらいと言われる今の社会で、人生に悩みや不安を抱えている人に「少しでも生きる勇気や希望を感じてもらいたい」と思い、2019年講演活動を始める。

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講演風景

 『伝えたいこと』

・人生に起きる試練の意味

・生きる意味、人生の目的

・多様なものの捉え方、人生観・価値観の転換

・人間的な成長への取り組み

・幸せを感じる生き方

 

【田中伸一のインタビュー動画】

 障がいのある息子が生まれたことがきっかけで、

人生が変わり始めました。

 

【息子が生まれてからの物語】ここからスタート。

 

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