自分らしく幸せに生きる 声を失ったダウン症の息子と生きて人生が変わった気づきブログ

ダウン症・呼吸器機能障害・音声言語障害のある息子のお陰で、毎日を幸せに生きられるようになった学びと気づきを綴ります。

転勤して半年、息子のこと考えると

息子が生まれてからの物語30話目。

前回の続き。

『息子の誕生』←ここからスタートしてます。

 

息子は2歳になったが、呼吸器系は弱く、

2歳の1年間にも肺炎で2度入院した。

 

福岡市内へ転勤して

こども病院と自宅が近いため、

仕事を終えて、お見舞いに行ける。

 

これまでの長期入院や

自宅から遠く離れた病院での入院ではないので、

大変さの度合いは低くなっていた。

 

幸いにも、2度とも1週間程度で無事に退院。

 

博多駅東支店へ転勤後は、

法人顧客を中心にした慣れない仕事で、

店舗自体も非常に忙しく、

銀行に就職して、一番気が滅入っていた。

 

でも、息子が入院中、

夜、妻と付き添いを交代している間は、

何も考えず、ただ息子をじっと見つめ

2人で過ごす。

 

息子は肺炎で苦しいのだが、

その息子の存在が私を癒してくれた。

 

7月に引っ越して4カ月後の11月、

息子は「あいあいセンター」に通い始める。

 

正式には「福岡市立心身障がい福祉センター」

様々な障がい児や障がい者の

発達支援を行っている。

 

息子の場合は、母子通園の障がい児版保育園

のような感じらしい。

 

福岡市内へ転勤し、

近くにこども病院があり、

息子の療育のための施設も近く、

息子のことを考えると

ずっと福岡市内に住みたいと思った。

 

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ベビーカーから振り向く息子・彰悟

 

今は銀行から社宅に

住まわせてもらっているが、

ここにずっと住みたいとは思わなかった。

 

築40年以上とかなり古く、

鉄筋コンクリート造りだが、

冬になると、暖房はつけるものの

窓際やお風呂は寒い。

 

社宅に住んでいる人は、

若手社員の家族ばかりで、

社宅を出て行く人も多かった。

 

理由は、

・古く住みづらい。

・家族もいるし自分の家を持ちたい。

自分の家やマンションを買い社宅を出ていく。

 

私も将来的には

自分の家が欲しいと思っていたので、

妻とも何となく

 

「自分の家が欲しいね~」

 

と話をする。

 

季節は冬、転勤して半年が経ったある日。

 

ふと、

 

今、家を買えるかな?

 

計算してみよう!

 

と思った。

 

私は銀行員で

住宅ローンの窓口を担当していたこともあり、

資金計画はプロだった。

 

続く…。

 

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