自分らしく幸せに生きる 声を失ったダウン症の息子と生きて人生が変わった気づきブログ

ダウン症・呼吸器機能障害・音声言語障害のある息子のお陰で、毎日を幸せに生きられるようになった学びと気づきを綴ります。

息子の手術と私の転職

息子が生まれてからの物語37話目。

昨日の続き。

『息子の誕生』←ここからスタートしてます。

 

息子の気道確保の手術に向けての検査入院が

10月に決まった。

 

この時期、仕事は順調で、

取引先から転職のお誘いを受けていた。

 

当初は、ありがたいことだとは思ったが、

銀行を辞めることは頭にもなかった。

 

だが、息子の手術に向けての検査入院が決まり、

もし、転職するならば、

 

銀行を9月で辞めて、

10月は1カ月間仕事を休み、

息子の入院に付き添う。

そして11月から新しい会社で

働くこともできる。

 

という考えも浮かんできた。

  

転職のお誘いをしてくれた会社は、新日本製薬。

 

福岡市に本社があり

化粧品、健康食品、医薬品の

通信販売を行っている会社だ。

 

当時は、まだ本社が大野城市。

設立10年の会社で、

福岡市への本社移転が決まった頃だった。

 

(新日本製薬は2019年6月に

東証マザーズに上場し、現在は上場企業)

 

私は銀行員として新日本製薬を担当。

これまで様々な地場企業を担当してきたが、

その中でも一番の企業だった。

 

銀行員としての目で見ても優良企業で、

設立以来、順調に成長している。

 

そして、何より経営者の人柄が素晴らしかった。

 

銀行にも尊敬する上司や先輩は数多くいたが、

それとは全く違うタイプで、

いつも笑顔で将来の経営ビジョンを語り、 

話を聞くだけでワクワクしてくる。

 

もし、一緒に働いたら、

自分も同じようになれるかもしれない。

と思った。

 

銀行にも経営ビジョンはあるが、

仕事は目の前の業績を追っていて、

将来、支店長になれたとしても、

それ以上のものがイメージできなかった。

 

そして、転職を考えるにあたって

一番大事なことは転勤がないこと。

 

銀行では息子の障がいや病気への配慮で、

当面は、福岡市の自宅から通える支店勤務と

言われていたが、将来的には、

遠方への転勤も覚悟しなければならなかった。

 

だが、新日本製薬には転勤がない。

 

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七五三。娘(7歳)、息子・彰悟(5歳)、私。

続く...。 

  

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