自分らしく幸せに生きる 声を失ったダウン症の息子と生きて人生が変わった気づきブログ

ダウン症・呼吸器機能障害・音声言語障害のある息子のお陰で、毎日を幸せに生きられるようになった学びと気づきを綴ります。

ダウン症の診断結果が

息子が生まれてからの物語5話目。

前回の続き。

『息子の誕生』←ここからスタートしてます。

 

 

病院に持ってきたものがある。

 

冷凍した母乳だ。

 

生後1週間の息子は血小板減少で入院中、

保育器の中で輸血している。

 

直接母乳をやることができない。

 

妻は、愛する我が子のために、

1日に何度もおっぱいを絞り、

冷凍パックへ。

 

現時点で妻がこの子にできる

唯一のことだ。


「しょうちゃん。

 お母さん、

 おっぱい持って来たよ。

 頑張ってね」

 

妻の愛に溢れる言葉だった。

 

 

冷凍した母乳を看護師さんに渡す。

 

 

家では、以前と変わらず

妻と娘と私の3人の生活が続く。

 

妻は、息子の回復を祈るように

毎日母乳を絞っている。

 

 

週末はいつも息子の入院している病院へ。

自宅から車に乗って片道1時間半。

 

 

息子は保育器に入り

遠くからしか見えないが

毎週会えるのが楽しみだ。

 

 

時間の経過とともに、

少しずつではあるが、

「ダウン症だったら」という

不安が少なくなってきた。

 


息子が生まれて、1カ月後。

ダウン症の正式な診断結果が出たらしい。

 

妻はダウン症のことは何も知らないが、

先生の話を聞きに二人で国東の病院へ。

 

私たちを前に、先生はこう告げた。

 

「彰悟君はダウン症です」

 


そうか…。

 
その頃には心の準備はできていた。

  

それよりも、

妻がどう受け止めるかの方が心配だった。

 

 妻は私ほどではないが、

ダウン症については、

あまり知識がなかったようで

先生に色々と質問していた。

 

次第に妻が混乱していくのがわかった。

 

 

二人になって妻に

息子がダウン症と知っていたのか聞かれる。

 

ダウン症の可能性があること。

産後不安定な妻に話すことは

口止めされていたこと。

を伝えると、妻は無言だった。


病院から帰りの車で、

息子の将来について二人でずっと話した。

 

普通に生活できるのか?

 

合併症は起こらないのか?

 

結婚できるのか?

 

妻の不安はますます募っていくようだった。

 

息子はまだ入院中だ。

 

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7歳になった息子・彰悟と娘と3人でプールへ

続く…。

 

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