お父さん、気づいたね! 声を失くしたダウン症の息子から教わったこと

ダウン症・呼吸器機能障害・音声言語障害のある息子のお陰で、毎日を幸せに生きられるようになった学びと気づきを綴ります。

息子25歳の誕生日、しょうちゃん、ありがとう!

昨日、息子が25歳の誕生日を迎えました。

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家族の誕生日には、

いつも誕生ケーキでお祝いしますが、

息子は誰の誕生ケーキでも

自分がお祝いしてもらっているかのように

喜んでくれていました。

 

でも、

2、3年前ぐらいからは、

私や妻の誕生日の時には、

自分のお祝いじゃないとわかるようで、

特別に喜ぶ感じではなく、

ケーキだけ美味しそうに食べています。

 

家族みんなの誕生祝いを

自分のことように喜ぶ息子もかわいいですが、

自分の誕生祝いじゃないとわかる息子も

成長したな~

って喜ばしいです。

(魂レベルは私よりも遥かに高いのですが、

現世での社会一般的な見方での成長です)

 

この1年を振り返ってみると、

コロナの影響で1年前に予定していた

息子の初個展が延期。

 

息子が楽しみにしているワンワンショーも

ほとんどなくなり、

絵画教室・書道教室も緊急事態宣言で

たびたびお休みになりました。

 

代わりに

人のあまりいない場所へのお出掛けが増え、

息子と初めてとなる

なし狩り・柿狩り・いちご狩りも

楽しみました。

 

そして、1年延期となった

息子の初個展

ART THE SHOGO

を無事に開催でき、

たくさんに方に観に来ていただきました。

 

6月の個展期間の1か月間に

息子とも会場の香椎参道Nanの木に6回行き、

デザートやランチをいただきました。

おいしそうに食べる息子を見れるのも

私にとっては幸せです。

 

 

息子が生まれた時は

ダウン症と知って

当時26歳の私は息子の将来に

ゾーッとする不安を感じました。

 

生後2か月で気道が塞がり呼吸困難、

その後も何度も呼吸困難で命の危険と

隣り合わせの状態になり、

入退院を繰り返します。

 

そこからは息子の無事を祈るように

毎日があっという間に過ぎていきます。

 

気管の手術も何度も行い、

気管切開した場所から呼吸はできるように

なりましたが、

声を出すことはできないままです。

 

でも今では大きな問題と感じなくなり、

元気に毎日を暮らせるだけでありがたいです。

 

逆に声が出せないことにより

(文字もわかりませんが)、

息子のことをわかりたいと思うようになり

コミュニケーションが根本から変わりました。

 

それだけでなく息子のお陰で、

仕事も価値観も大きく変わり、

人生そのものもがそれまでとは

まったく別のようになりました。

 

私を導いてくれた息子には

心から感謝しています。

 

夜寝る時のお布団でも

となりに息子がいるので

いつも癒されながら寝ています。

 

25歳になる息子と

こうして寝ることができるのも

なかなかない貴重な体験です。

 

素晴らしい息子に恵まれて

幸せな人生を生きられて、

息子にも神さまにも感謝です。

 

しょうちゃん、

25歳の誕生日おめでとう。

そして、ありがとう!

  

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